愛とは幸せとは、それに応える必要があるのか〜やさしさは残酷

"歌に寄り添う記憶" カテゴリー記事

Yahooオークションで懐かしい「レコード」みつけました。

新しい流行り唄が覚えられなくなってもう十数年も経ちます。
「それはその間ずっと恋をしてこなかった時間の長さだよぉ」とか言われて、そうかもしらんねと納得したりします。

身につけていた最後のあなたのガウンを
暗闇の中で剥ぎ取る 僕だった…
いま教えよう この世で誰がいちばん
恐ろしい人間だということを
みんな澄ました顔してるけど
欲望それは残酷なもの…
恋は何故やさしい人をあれほどに
苦しそうに燃やすのか

1980 杉田二郎 作詞:北山修

「愛」とか「幸せ」をバーゲンセールする歌の中身にうんざりしたのか…まぁそれはそれでもいいかぁと思ってたりするのですが

「愛」ってなぁに? 
好きとか嫌いとかでなく、自分の運命として引き受けざるを得ないのだと納得してしまう存在への感嘆詞。共感、連帯、仲間、つきあいの浅い恋人達の間で使われる「愛」は、その言葉自体が相手への忠誠心、信頼感を表す枕詞として使われるが、唯一、無二、最高、最強などの修飾語と同様、現代ではいちばん信用できない言葉と同列に扱われている。ただ、若さはときに「愛」を自分の命に引き替えられると錯覚させることがある。

「幸せ」ってなぁに?
心に横たわる全てが満たされる想い。平和と道義語であり、そのはかなさも同様であるが、独りぼっちの「幸せ」は存在せず、人との関わりの中でごく希に発現する想い。所有欲が満たされた時の喜びや、報われたと感じる時の達成感に「幸せ」は存在しない。それらはむしろ悲しみの到来によく似ており、突然舞い込んでくるもので、やがて繰り返されねばならない運命にあることがすぐにわかる。「幸せ」はしみじみとやってくるものだから。

若い頃は、こんなんが昭和のひとらしいもののとらえ方です

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