日々の雑感〜戦略的に生きられない人達の行く末

"ガラガラポンに向かう社会" カテゴリー記事
  

勝間和代さん、こと「生き方」に関してこれほど賛否が二分される物言いをする人も少ないと思いますが、出演されてるテレビをつれあいとぼ〜と眺めながらつぶやくのは「相変わらず鼻の穴大きいね」「アゴ引いてしゃべんなさいよ」「惜しいねぇ、それなりに綺麗なひとなのに」と、話の中身には全く興味がありません。

数年前に出版された「勝間和代のインディペンデントな生き方 実践ガイド」からあまり変わっていない物言いは「ブレない女」として解りやすい人で、10年前にはこの人と同じような言いぐさをジブンもしてたなぁ、とか、言ってる中身にはお説ごもっともと感じられる事も多いのですが、やはりいまのワタクシには好感持てません。

なんでだろうと考えてみると、この人は現代社会肯定派とは言わないまでも、現代社会に寄り添いながらの生き方を対応マニュアル化しよう、としているように見えるから。もっと極端に要約すると「割り切った人生は楽しい」を標榜している風に見えます。(もちろんタレントとしての勝間和代さんのことですが)20世紀末のバブル崩壊以後は「グローバルスタンダードに対応せよ!」が文字通りスタンダード(常識)になってしまって、その旗出としての役回りにピッタリだったとは言えます。

そんな勝間さんマニュアルに勇気づけられて人生を戦略的に組み立てられる(もしくはそう思える)人達はたくさんいるんでしょうが、なにせ20世紀末に起こった事は経済不況というだけには留まっていません。


自殺者数の年度推移 -警察庁統計資料より-

小泉構造改革で一時期持ち直したと言われている経済状況にも関わらず、実は自殺者のピークを記録していたりします。見かけの経済状況が自殺者を生んでいるとは言えないのは明らかで、20世紀末の転換点以降「社会についていけない」状況が生まれたということです。

ここからはワタクシの勝手な私見ですが、新しい状況というのは

徹底した「自己責任」「能力主義」「説明責任」「高効率」の平準化要求
に馴染まない人間の排除=「勝ち組負け組」「差別化」、許容されない息苦しさ

みたいなものなんではないでしょうか。掛け声や行動パターンに「みんなで」が増えている状況というのは、そんな裏返しの社会だからだと思います。

勝間さんマニュアルは、勝ち組のための副読本にはなりえても人生救済本にはなりません。勝ち組の指示が突出すれば「これでみんな幸せになれる!」くらいにおバカな表題をつけた雑誌があふれて実際の状況は闇の中…くらいの逆効果だってありえます。

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