うい・あー・のっと・ざ・わーるど〜今とは違った時代に生きた北山修の想い

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マイケル・ジャクソン死亡報道もやっと終息しつつありますが、同時代を生きていたはずなのに「特別番組を組むほど日本人に愛された人なんだったのか?」と思うほど自分には無縁なアーティストでした。唯一接点があるのが北山修さんが1985年に出版した「うい・あー・のっと・ざ・わーるど」にちなんだフォーラムを東京で開催したときに比喩ネタとしての「We are the world」くらいで….

その北山修さんは、1972年に医大を卒業して札幌→ロンドンと医学研修に出ている頃はマスコミに登場することもなく、あぁ普通の人になったんだねぇ、と思っている矢先の1975年に帰国。待ちかまえていたようにマスコミにつかまってしまうのでした。

 

 

北山修さんが1975年に帰国したときのインタビュー

マスコミが嫌い、ではあったけれども、インターネットなど無い時代、パーソナリティーを発信するにはマスコミの力が必要でした。そしてパーソナリティーを極力侵害されない深夜ラジオ(オールナイトニッポン)にあっても、その場にいる自分を「自切俳人(ジキルハイド)」と名乗っていたのは、マスコミに「北山修」をさらす気はさらさらないよ、というメッセージだったように思われます。

歌も本もラジオから流れたことばも、振り返れば
北山修の言葉は、つくずく「ピエロのサム」なんだと思いいたるのですよ。

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