うい・あー・のっと・ざ・わーるど〜若い加藤和彦のように

"歌に寄り添う記憶" カテゴリー記事
  

北山修さんも大学教授を退官する歳になってしまいました。

加藤さんが初期ミカバンドで活躍されていた頃、デモンストレーションに青山のスタジオ脇のテラスで気勢をあげるのを見にでかけました。まだ北山医院(現青山心理相談室)の院長であった頃の「きたやまおさむ」さんには、ときどき上野の本牧亭の「話の特集」でお会いすることがありました。

加藤和彦さんが逝き、北山修さんが第一線を引く、ジブンのなかではビートルズのレノン&マッカートニーのような存在であり、フォーククルセイダース以降も似て非なる2人のライフスタイルが、ジブンの若さを生きていく指標のように思えたモンです。
加藤さんは才能の赴くままを人生に敷いて生きてた人。北山さんは懐疑的に人生を値踏みしながら自分の信ずるところを進んだ人。どちらも人生の舵取りを人に任せなかったという頑固さが見えます。

だから一昨年の「フォークルの復活」はジブンにはどうもピンときませんでした。「振り返って懐かしむ」ことに興味がない2人だったはずだからです。そんな異変はその後の加藤さんに続くプロローグだったのかもしれないと、もはや了解するしかないんでしょうか。

3年後…2013年追記

「若い加藤和彦のように」を聴くにつけ、北山修さんが”バカヤロー”と悪態をついているとも、若いヒトに”こいつは凄い奴だったんだそ”とでも言いたかいようにも聞こえるから不思議です。

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