うい・あー・のっと・ざ・わーるど〜悲しくてやりきれない

"歌に寄り添う記憶" カテゴリー記事
  

フォークルのプロデビュー・メンバーだった加藤和彦さんが逝って10年、端田宣彦さんが逝ってもうすぐ2年経ちます。1968年のさよならコンサート後の『11PM』出演を最後に、北山修を加えたこの3人が揃ってステージに立つことはありませんでした…

端田宣彦・北山修コンビで1969年「風」1971年「花嫁」のヒット・ソングを書けば、同時期に加藤和彦・北山修が1971年「あの素晴しい愛をもう一度」をリリース、北山修さんはその後ロンドンに旅立ってしまい3人はバラバラになってしまったなぁ、と思っておりましたら1973年当時、端田宣彦・加藤和彦 コンビでのライブステージもあったのだと最近、Youtubeで知りました。

フォークソング四人の会(1973年ライブ)
〜悲しくてやりきれない パート再生9m42sec〜

既にサディスティック・ミカ・バンドを結成して活動の真っ最中だった加藤和彦さんが参加しているのに違和感ありありなのですが、30年後、このときのノリで同窓会的に新生ザ・フォーク・クルセイダーズを結成するに至ったのやもしれませんね。 


わたしたちは今年「One Team」に酔わせてもらって、結束とか仲間とかの有り様を想い出したヒト、新たに見つけたヒトがたくさん出来てなんだか未来に希望を信じられるような気分になっているのですが、実際のところそんなあからさまが現代で長続きするなんてことも無いのを大人なヒトは知っていて、ただ心底ではその大事に想うモノが断ち切られることも無いと信じていたいワケです。

それが”絆”とかの標語に置き換えられると、へそを曲げてしまうシャイなヒトもいれば、ジブンの筋金を曲げられないままつながらないことだってあります。ただそんなヒトでも誰かとつながっていると信じられる目に見えない一筋が心底にあれば、不思議と周囲からの孤独は気にならないらしい。

ただ歳を重ねたヒトの”絶望”というのは若い頃のそれとは違っているコトも多くて、山を登るための努力とか体力とか技術とかを身に着け、厳しさとか無慈悲とか理不尽に耐えたその頂に立った後のお話ですから、山を上手く降りていく勇気と覚悟というのにまた違った難しさがあるみたいです。そもそもその頂きをジブンで見つけられずに遭難してしまうヒト、駄々っ子のようにゴネるヒトも世の中にはたくさんいます。

加藤和彦さんと端田宣彦さんにはついそんなコトを思ってしまいます。
偏屈な北山修さんには是非、分かり難い頑固爺の役を続けてもらいたいモンです。

 

—- 2年前の書きかけ記事を再編集して —-

 

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