福島第一原子力発電所事故に関する特別シンポジウム〜専門調査報告以外は幼稚なお話多いなぁ...

9月19-22日に北九州で行なわれた日本原子力学会:2001年秋季大会の「福島第一原子力発電所事故に関する特別シンポジウム」の当日発表資料が掲載されていたので読んでみました。専門用語や不要な但し書き、狭義な専門判断言葉をすっ飛ばせば、誰にでも要旨は透けて見えるので、興味のある方は一読してみてください。

一般社団法人 日本原子力学会「2011年秋の大会」
「原子力安全」調査専門委員会
福島第一原子力発電所事故に関する特別シンポジウム

日 時  2011年9月19日(月)10:00-17:00

要旨(2011/9/29UP)

 話の中身は2011年3月震災後半年間の調査活動報告です。半年経過してやっと発表の始まった文科省:航空モニタリングによる放射線量マップですが、現地の土壌調査による放射線量の分布とおおまかな整合があることも報告されています(放射能分布の現状)「高高度からのガンマ線計測だけで地上の放射線レベルがちゃんと解るのかい?」と疑問だったヒトへの回答にはなるのかな。

学会やシンポジウムの専門家や技術屋さんの発表レポートって、(当時のジブンのもそうでしたが)専門知識と数字の羅列以外は、相対的にあんまり賢くない内容か陳腐であることのほうが多いです。もともと専門的・技術的なものの「結果・結論」そのものは単純・明快なものなので、文体に個性は必要ありません。それがちょっと肩書きのある先生が振りかぶって余計なことを書き始めると恥ずかしい中身になったりします。今回のレポートにも幾つか見られますが...こんな書き出しを用意された方がいました。

膨大なエネルギーを持つ核反応は、爆弾ではなく人類にもたらされた豊かなエネルギー源として、私たちは「原子力の平和利用」に用いることを決め、原子力発電として発展させてきたのである。何事にもリスクはつきものである。原子力発電のリスクというのはなにか。いろいろあるが、最も身近に考えなければならないのは、「放射能リスク」である。今回のように、放射能を周辺に放出し、何らかの影響を与えることがそのリスクであり、その大きさは与える影響の程度で決まる。今回の事故を反省して、私達が考えなければならないことは、このリスクをどのように受け入れ、どのようにヘッジしていくべきか、について、技術者として、国として、また世界とともに考えることであろう。

 

原発エンジニアとしての使命を高らかに謳ったつもりなんでしょうが、お門違いな言い回し満載です。そして締めくくりが

これからの取組み

産業が必要とする大量の電気エネルギーは、化石燃料への依存から今や原子力発電が担なわなければならない時代になった。世界の人口の増加と共に、膨大なエネルギー消費に答えなければならない。一方、わが国は世界で唯一、核爆弾を持たず、核濃縮(ウラン濃縮)が認められている国である。原子力発電用の燃料を自前で作ることができる唯一の平和国家であるとも言える。

私たちには、原子力発電を、原子力の平和利用を、安全に進めていく義務を負っているとも言える。原子力発電の持つリスクが明確になった今、私たちはこのリスクへの対応をしっかり持ち、リスクヘッジをして、リスクを受け入れなければならない。その上で、どのようにリスクヘッジをするかの議論が必要なのではないだろうか。世界はその解を期待して待っている。人類の長い歴史は、リスクを取ってきた上での勝利の歴史なのである。そのことを忘れてはならない。今必要なのは、どのようにしてリスクヘッジをするか、その方策を考えることであり、リスクをどのように取っていくべきかのコンセンサスを形成することであると考える。

 

機動戦士ガンダムに登場するジオン大君のアジ演説か、どこぞのシオニズム提唱者の言葉に聞こえてしまいます。批判と言うよりなんだか恥ずかしい...

こんな「原子力がやりたい」ヒトが幼稚な言葉使いで一方的に「もっと気をつけるからやらして!みんなその義務があるんですよ」とか言ってる、そのこと自体は(解りやすいから)たいした問題ではないですが、政策決定プロセスに関わる黒子な連中が、どうしてこんな意見に同調支持を出してしまうのか、その裏事情が明らかにされないコトが恐ろしいですね。