日本国破綻の救世主か?〜貯蓄税 vs消費税

遅い出勤前のテレビを眺めているとちょっとおもしろい特集を流していたのでウォッチ。テレビ朝日:スーパーモーニングの金曜日恒例となっている玉川 徹氏による突撃レポート「玉川総研 財政破綻の危機 賢人に聞く!ニッポンのいま」で、日本の財政破綻危機への劇薬注入提言。

外出先で「貯蓄税、いいんじゃないかなぁ」と気楽にしゃべってみると烈火のごとくわめき散らす人達がいました。もちろん懐にため込んでいる人達ですが、言い訳も説得力がないしなりふり構わず必死な様子でした。思わずずっと下書き中だった「個人の利害に過敏で臆病な社会〜ガラガラポンに向かう社会3」のことを思い出して、お昼のランチ前にiphoneからちょっと加筆編集して「公開」。

日本がギリシャみたいに財政破綻しないのは、国の資産との賃借対照表がまだ「まぁまぁ」の状況だからですが、海外のヘッジファンドが既に「国債の売り浴びせ攻勢」に出ているというのは初耳でした。いずれにしてもこのままズルズルだとハイパーインフレが来るなぁ...と考えてたのが一昨年なので、そろそろリミットは近いんでしょう。

「財産税」というのも一時期とりあげられたこともありましたが、「相続税」と同様手元にキャッシュがない人から税をむしりとる結果になることが少なからずある、というのが明白でした。さて「貯蓄税」は良いことづくめのように番組では語られていますが、果たしてどうなんでしょう。予想通りテレビ朝日には番組抗議の電話が殺到しているみたいですし、普通のことが納得できない人達というのは思っているより大勢います。

平等とか公平という言葉で「消費税」に向かわせようとしている輩とはどんな人達なんでしょうか。「貯蓄税」は旨い妙案のように思われますが番組でも「劇薬」とことわりを差し込んでいるいるように、変化が大きすぎると訝る人もいればアンフェアな拠り所を是とする人達も「只ではおかない」でしょう。

来週、スパモニで続きをやるみたいですからお見逃しなく!

 

<8/4追記>Youtube宛にテレビ朝日さんから「著作権侵害申し立て」があり、Youtubeから映像が削除されました。当方に意義申し立てする意向がない旨も伝えましたので放映映像は見れなくなりました。しかしケチ臭いことするなぁ...と内心では思うわけです。

<8/6追記>「Youtubeから映像が削除されました」と通知されてからも、リンク先であるこのブログ上では映像が見れています。はじめはサーバーキャッシュが効いてるうちは配信されてるのかな、と思っていたんですが、どうやらそうではないらしい。Youtubeには、アップロードした動画の配信選択として
「公開(Youtubeを通じて誰でも見れる)」
「限定公開(リンクを知っている人が再生可能)」
「非公開(指定した YouTube ユーザーのみ再生可能)」
の3種類がありますが、どうやらYoutube側が実際にとった当該映像への措置というのは配信ステータスを「限定公開」に強制的に移行させた、ということらしいです。ただこれがずっとそのままだということではない?と思われます。何故ならYoutube側が「異議申し立て」の猶予を設けている(猶予期間は明示されていない)ので、一定期間経過すれば「削除」されるんだろうと予想しています。しかし、追記冒頭に書いたように当方としては「意義申し立てする意向がない」旨を既に伝えてあるので、現在映像が当ブログにリンク配信されているのは、Youtube側の業務遅延の恩恵?と言えます。

<8/6再追記>どうやらジブンがアップした映像は削除されたらしいです。

 

 

日本国破綻の救世主か?〜貯蓄税 vs消費税” に対して4件のコメントがあります。

  1. kanaya1966 より:

    ときどき寄らせていただいてます。
    inmycabさんはいわゆる小泉竹中路線肯定派のご様子ですが、貯蓄税もこの流れを汲むものとお考えでしょうか?文中”アンフェアな拠り所を是とする人達”とは具体的にどのような人達を想定してらっしゃるのでしょうか?
    特にこの記事を荒そうという意図はないのですが気になっております。

  2. inmycab より:

    >kanaya196さん

    コメントありがとうございます。
    >いわゆる小泉竹中路線肯定派のご様子ですが
    特別な思い入れはなくて(笑)単純に竹中さんの「フェアトレード=公正」という基軸で物事は決められるべきだという考え方が気に入ってる程度です。もちろん「公正とはなにか」の議論は必要なんでしょうが、そんなものこそ政治が提示してほしいわけで、「小泉・竹中はひどい奴だ!」だけで話を葬ろうとしてる人は何も答えていないし、それこそ一蓮托生に「ひどい奴」なんではなかろうか...とか思ったりするわけですね。(笑)

    ”アンフェアな拠り所を是とする人達”については、具体的にジブンが決めつけてる人達があるわけですが、まぁ...ここで議論したいことではないので、それぞれが想像いただければいいと思っています。

  3. shn より:

    「財源がない」にだまされてはいけない。
    サラ金だって、「ご利用は計画的に」というのに、計画経済ではなくてなぜ自由主義市場経済は可能なのか。
    神の見えざる手という有名な言葉があって、経済は市場の自由な運動に任せておけば需要と供給の関係でおのずから最適な位置に落ち着くのだということのようですが、でも供給と需要は全然別のものじゃないか、おコメを百俵作った人がそれを売りに出したがそのコメを必要とする人には金がなくて、コメは売れ残り人は餓死するでは最適な状態とは言えないのではないか、というと、そういうことではなくて、セーの法則、もしくは販路の法則というのがあって、供給それ自体が需要を生み出す、のだそうです。これは経済学上ではあたかも物理学におけるエネルギー保存の法則といえるものなのだそうで、どういうことかというと…
    ある樵が山林地主に一万円をはらって木を切り出し、二万円で材木屋に売った。それを家具職人が三万円で買い、テーブルを作って四万円で売りに出した。各人の収入はそれぞれ一万円で、四人の収入の総計は四万円である。左側には四万円の収入があり、右側には四万円の商品がある。
     もし樵の取り分が五千円であれば三万五千円の総収入に対して三万五千円の商品になり、材木屋が自分の収入を一万五千円にすれば四万五千円の総収入が四万五千円の総商品に対することになる。さらに一人の商人が現れてそのテーブルを買い五万円で売るとしても同じで一方に五万円の総収入があり反対側には五万円の商品がある。全世界の収入の総額と商品の総額は常に等しい。この二つは違うことができない。だから収入のすべてが支出されればすべての商品が売り切れる。
     これは非常に優れたシステムで、もし商品が売れ残るとすればそれはその商品が市場にとって不要なものだったからであり、必要な商品である限り必ずそれが売り切れるだけの収入がおのずからもたらされていることになる。
     ただしここで肝腎なのは「収入のすべてが支出される」ということで、(マルクスとケインズが批判したのもここですが)
    このとき、収入の一部が支出されずに貯蓄に回されるとするとその分の商品が売れ残ることになり、その商品が売れればもたらされるはずの収入が実現しないことになる。そこに発生する貧困の量は貯蓄の量と等しい。使われずに残った貯蓄は世界の反対側に自分と等しい量の「実現しなかった収入」・貧困を生み出す。
    一方で、貯蓄するということはもう消費に金は使わない、消費財はいらない、と市場がいっているわけなのだからそれだけ資本財、生産財に資源を振り向ける余裕を手に入れたのだともいえる。
    資本主義の初期においてはブルジョワジーという偉大な種族がいて利潤をすべて投資に次ぐ投資に振り向け資本財、生産財を拡充し世界を豊かにしたというふうに昔習った記憶があるのですが、今の日本はカネ余りとか言って産業育成のための投資に振り向けられずに漫然と溜め込まれたままになっているのだそうで(というよりは投機目的で溜め込まれている)、するとその巨大な貯蓄の分だけ消費が不足し、実現されない収入・巨大な貧困が生まれる。
    自由主義市場経済で完全雇用が実現するのは貯蓄がゼロのときで、貯蓄が存在するときは貯蓄と同じ大きさの投資をしなければ失業と貧困が発生する。

    もはや投資に次ぐ投資で事業を拡大した偉大な種族が滅びてしまった現在、国づくりがあらかた終わってしまったといわれる現在では、この巨大な貯蓄を何とかするには、貯蓄している人に何とかものを買ってもらうとか、軽いインフレ状態にして今使わなければ損をするぞと脅かすとか、貯蓄分は税金で没収するぞといって強制的に支出させるとか、それでも使わなければ本当に没収して国が代わりに使ってやるとか、もしくは安い金利で借り上げて国づくりに使うとか、多く貯蓄する富裕層からあまり貯蓄のできない貧困層に所得を移転するとか、または、使わないで貯めこむだけの人がいるなら、貯めないで使う人がいればいいわけだから誰かが巨大な赤字を出して借金経営の事業をするとか、とはいってもそれだけの赤字に耐えられるのは民間にはいないだろうから国が赤字財政で何かをするとか、またはそもそもカネがしまいこまれてしまっているのだからその不足分のカネを印刷するとか、が必要になる。
    投資しきれないほどの貯蓄が眠っているということはそれだけのお金を持つ資格と能力のない人の手にお金が集まっているということであり、一方にはお金がなくて失業、ホームレス、餓死、自殺が発生しているということは現在の貯蓄のシステムが重大な欠陥を抱えていということだ。失業、ホームレス、餓死、貧困…は自己責任ではない。
     税収が足りない・国債は国の借金だ・とデマゴギーを振りまいている人がいるが、それなら国債に投下されている金を税金として徴収することにすればよい。それを嫌って貯蓄が全部消費にまわされるならば完全雇用が実現してしまうわけだから国がすることもできることもなくなるわけでそのほうがマシなのだ。
     もしくは発想を逆にして、貯蓄の残らない世界を作れば無駄なバラまきをしないですむ。

  4. inmycab より:

    >shnさん

    いやぁ...コメント...すごいなぁ(笑)

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