俺たちの「四十年目の俺たちの旅」〜激アツ青春時代の答え合わせ〜
「五十年目の俺たちの旅」映画化
放送開始50周年を迎えるにあたりドラマ「俺たちの旅」の映画化が決定、タイトルもずばり「五十年目の俺たちの旅」で、中村雅俊が映画初監督兼主演を担い来年の2026年1月に公開されるらしい。ちなみに10年、20年、30年の節目にそれぞれ「俺たちの旅」SPドラマが制作されていますが、40年目ではチーフディレクターの齋藤光正監督が逝去「齋藤監督でなければこの物語の世界観は作れない」という判断から40周年ドラマの制作は断念されたと言う。
俺たちの「四十年目の俺たちの旅」
なんの因果か偶然か、死にかけの縁から復調するタイミングで80年代初頭を共に過ごした古い友人から連絡があり、先日40年ぶりに再会することが出来ました。さすがに40年の空白は互いの顔を確認するまでに少なくない間を作っておりましたが、話始めると40年前を遡って20代のあの頃のようで話が尽きることはなく、棚上げされていたあのときのその後のことや今だから話せることを答え合わせするには時間が短すぎたと互いに感じておりましたから「四十年目の俺たちの旅」よろしく次回を約して別れました。

実のところジブンが高校生であった1975-1976年に放映された「俺たちの旅」、個人的には特段の思い入れも無くどちらかと言えば記憶に薄いTVドラマでしたが、1980年に上京してからの大学生活で過ごした数年間ではバイト先を中心に出自も年齢も背景も違うキャストがリアルに濃密な「俺たちの旅」を演じる日常がありました。都合のいい記憶の改竄に過ぎないと言われようと「3人の大学生の卒業までの日常と恋愛、就職と挫折と復帰」の経験は、青春の数十コマ分を埋めて余りあるリアル「俺たちの旅」だったと思えます。さらに因果を感じるのは、90年代になり仕事で中村雅俊さん、岡田奈々さんとお会いする機会に恵まれるなど、学生当時は夢々想像することもなかったワケですから...
さてそんな「四十年目の俺たちの旅」にはもうひとりの大学生だったキャストが欠けております。
ある意味もっとも「俺たちの旅」らしく波乱万丈な80年代に翻弄されたやもしれない大学生だった年下の友人です。神奈川の名門野球部で汗を流した熱血漢、大学生になってから進路を見失ったかバイト先で出会いバイクで共に山中を駆け廻り、大学卒業後に入隊した海上自衛隊でヘリパイロット資格を取得するも運命の悪戯にその資格を失い失意とともに退官、再起を誓っておりましたが行方知れずとなり40年が過ぎてしまいました。
いつか3人揃って、サブキャストも交えた「四十年目の俺たちの旅」で人生の答え合わせをしてみたいと思っています。
2025.7.9追記
完全に話の蚊帳の外のウチのつれあい曰く「くそつまんない記事」と言われております(笑)が、このブログの大半はそんな「くそつまんない記事」に溢れており稀に”みなさんのお役に立つ”かもしれない記事が挟まっているに過ぎません。そんなウチのつれあいですが、話裏腹「くそつまんない記事」に登場する人たちにいつも興味津々です。


