HyperCard、General Magic〜20年早すぎた無謀な挑戦〜ビル・アトキンソンはジブンのヒーローでした
世間的にはアップルと言えばスティーブ・ジョブスの経営手腕が取り上げられ伝説のカリスマのような扱いをされていますが、ジブンには弁舌の立つセールスマンにしか見えず、80〜90年代にかけてのアップルでジブンのヒーローは間違いなくビル・アトキンソン(Bill Atkinson)でした。
-アップルでの12年間-
白い背景のデスクトップが生まれた
アップル・デザインの核心
PCグラフィックスの革新

80年代中盤に生まれたMacintoshの驚嘆の源であったQuickDraw、HyperCard、MacPaintを書き上げ、最後まで無料でバンドルすることを主張しましたが、ジョブスがアップルに戻ってくると約束はあっさり反故にされ、ビル・アトキンソンは12年間熱狂したアップルを去りました。Apple が HyperCard を公開したのは 1987 年、Web ブラウザーの元祖となるNCA Mosaic(1993) が登場する 6 年前でしたが、2002年のWIRED誌のインタビューで「もし米サン・マイクロシステムズ社のようなネットワーク中心の文化で育っていたら、ハイパーカードが最初のウェブブラウザーになっていたかもしれない。アップル社にいたときの私の盲点が原因で、ハイパーカードを最初のウェブブラウザーにできなかった」と語っていました。復帰したジョブスもまだインターネットの未来のすべてを見通せていたわけでもなく、HyperCard ブラウジングの可能性までは予見出来ていなかったのだろう。
90年代初頭には無謀な挑戦だったGeneral Magic
Knowledge Navigatorを目指すビル・アトキンソンは現在のスマホの卵のようなシロモノを作ろうとしました。ただ90年代初頭にはハードウェア、通信環境共にまだまだ稚拙で、その目論見やアイデア、ソフトウェアを実現するにはあまりに無謀な挑戦だったという落ちなのですが...

Magic Cap / room metaphor interface
昨年の春にこの無謀な挑戦がドキュメント映像となりアメリカで公開され、トライベッカ映画祭で上映されました。日本にやってくるのはまだかまだかとワクワクしていたのですが、どうやら現実的には厳しそうな様子です。
<追記>2020.1現在 On Line視聴出来るようになりました。
https://putlocker123.to/general-magic/
General Magicの晩年にあたる1996年、NTTと守秘義務契約を交わして日本仕様PIC-2100Jの試用試験に参加していた頃が懐かしいです。
発想の一部はアップルのNewton、iPhoneで具体化され、構想はグーグルのAndroidに引き継がれたGeneral Magicに思えます。Google Map、Google Documentを眺めながら音声認識や翻訳の補助をしてもらっていると当時のアップルのKnowledge Navigator構想を思い出してしまいます。結局のところスティーブ・ジョブスが拘ったのは”売れるハードウェア”としての要素と収益力という経営理念、ビル・アトキンソンはただただ理想を追うソフトウェア・エンジニアだったように映ります。
80年代当時のジブンはと言えば、数量が見込めないのを承知で業界初となる「Macintoshフォーマット済み」フロッピーディスク製品を企画したり、HyperCardを使って製品仕様のデータベースを作成して当時の社内電話配線を使った簡易LANを張ったりしておりました。そしてジブンが製品開発エンジニアとしての仕事を続けた期間も12年だったなぁという偶然にも感慨深いものがあります。
90年代後半、ジブンが日本コロムビアで企画したインターネットの音楽情報発信コミュニティーサイト:Bitlive.netはプロデュース能力の稚拙さを自覚させられた案件でしたが、時代的にも少しだけ早すぎた無謀な企みだったのかもしれないとGeneral Magicをダブらせてしまいます。
ドキュメンタリー「General Magic」の特定のシーンに対する彼らの反応、General Magic での経験から学んだ教訓、次世代の起業家へのアドバイスです。




